カネカネキンコ愛の劇場 第11話
「オタクを、消し去るですって?」
「はい。大嫌いなんです、オタク。犯罪とか起こしそうだし」
俺の問いかけに、至極冷静に答えるヒコマツさん。ひどい偏見である。
「いや、たしかに犯罪をおこすオタクの人はいますよ? でも、それってオタクに限らないでしょう。野球をする人だって、ボランティアをしている人だって、警察官だって犯罪を起こしますよ? 全てのオタクが悪いことをするわけじゃないです」
「そうなんですよ。全てのオタクが悪いことをするわけじゃない。いい人だっている。だから、やつらを取り締まる決まりだってできない。だったら、全てのオタクを悪い人間にすればいいんです。前からずっと、その方法を考えていたんですが、なかなかよい考えが浮かばなかったんです。でも、父に『ロリコン化波動』という能力が身についていることがわかって『これだ!』と」
「じゃ、じゃあ、同人誌即売会へ親子揃って、しかもセーラー服姿で参加していたのは」
「父の力で、即売会に集うオタクたちを犯罪者にしようと思ったのです。大量のオタクたちが同時に、しかも幼い女の子が対象の性犯罪を行ったら、世論だって『オタク廃絶』に傾くはず。でも、これは失敗したんです」
今までの経験から察するに、『ロリコン化波動』は「ちょっと、発生元に近づいてみました」という程度はほとんど影響がない。あの公園の暴力パパンのように、たとえ数時間でもずっと近くにいたなら話は別だが、同人誌の即売会のように絶えず人の流れがあり、ずっと井村さんの近くにいることなど不可能。ほとんど影響はないはずだ。
「そうなんです。あちこちの同人誌即売会やらオタクの集まるイベントに、父を連れて参加したんですが、『ロリコン化波動』の効果はほとんどありませんでした。さすがに無駄だと思ったんですが、無駄ではなかった。私は、『ロリコン化波動』について新しい発見をすることができたんです。ほら、倉井さん!」
「倉井?」
ふいに名前がでて、俺は倉井が女の子に抱きついて逮捕されたことを思い出した。
「昨日、あの同人誌即売会で、偶然、倉井さんに会ったんです。倉井さん、私と父を見て驚いて」
「そりゃ、担当していた入居者とその息子が、親子揃ってセーラー服姿で同人誌即売会に来て『お父さん、ほら、人妻ものだよ』『おまえの好きな「魔法少女ぱられる☆わかめ」の同人誌だよ』とか会話していたら、びっくりするでしょう」
「色々話し込んだんですが、ちょうど出すものがなかったんです。だから、父の飲みさしのお茶をだしたんですが。
そうすると倉井さん、突然調子が悪くなって。で、あの事件です。『「ロリコン波動」を発する人の体液が、なんからの事情で体内に入った場合、「ロリコン化波動」の効果が一瞬で表れる!』これが私の発見したことです! 」
「な、なんだってー!?」
「もしかしたら偶然という恐れもありますから、2人目の人体実験も開始しています。
もうそろそろ、その結果もでるころです。そしたら、この説が正しいと確信できる」
「2人目?」
「さっき出した、お茶」
「まさか、あんた」
「そのまさか、です」
ヒコマツさんがしゃべり終わらないうちに、俺はその場から、ヒコマツさんの家から外へと駆け出していた。近くの電柱の裏で、吐く。ひたすら吐く。
「吐くのは反則じゃないですかね」
いつの間にか後ろに立ち、俺の背中をさすっているヒコマツさん。
「さ、さわるな!」
ヒコマツさんの手を振り払い、その場から走り出す俺。
「実験は成功っぽいなぁ。よし。次は、どうやって父さんの体液を、たくさんのオタクたちに飲ませるか考えよう」
走る走る。俺は走る。ひたすら走る。 走っている途中、女子高校生とすれ違った。かわいかった。抱きしめたかった。針で手を刺す。
走る走る。俺は走る。ひたすら走る。 走っている途中、女子中学生とすれ違った。かわいかった。抱きしめたかった。針で手を刺す。
走る走る。俺は走る。ひたすら走る。 走っている途中、女子小学生とすれ違った。かわいかった。抱きしめたかった。針で手を刺す。
走る走る。俺は走る。ひたすら走る。 走っている途中、女子幼稚園児とすれ違った。かわいかった。抱きしめたかった。針で手を刺す。
走る走る。俺は走る。ひたすら走る。 走っている途中、母らしき女性に抱かれている赤ん坊とすれ違った。かわいかった。抱きしめたかった。針で手を刺す。
「対象年齢が、どんどん下がっている。やばいやばい!」
針の効果も、明らかに薄れてきていた。俺は途中で金物屋により、包丁を買った。これで、刺す。女の子に抱きつきたくなった瞬間、これで自分の足を刺す!
包丁の力で欲望を抑えながら、俺は走った。家が見えてきた。俺の家。女房が待っている、俺の家。
乱暴にドアを開け、家に駆け込む。
「あ、どうしたの、いつもよりはや…どうしたの!」
汗だくで息を切らせている俺を見て、女房が驚いた。
「なんでもないよ、なんでも」
「それならいいけど」
納得する女房。すぐに納得されて、ちょっとかなし俺が、そこにいた。
「それよりね、そろそろネタ晴らしする」
「ネタ晴らし?」
「言おう言おうとは思っていたんだけど、ほら、最近のあなた、なんか疲れてきった感じだったでしょ。だから言いづらくて」
「なんだよ」
「あのね」
「うん」
「できたよ、赤ちゃん」
「え」
「今日診てもらったら、たぶん女の子だって」
「……」
「あなたは、お父さんになるのよ。がんばらなくちゃ」
「いるのか、女の子が。お前のお腹の中に」
「そうだよーあ、色々説明したいから、ちょっとこっちへ来て」
欲望が、うずいた。女子高生よりも、女子中学生よりも、女子小学生よりも、女子幼稚園児よりも、赤ちゃんよりも若い女の子が、そこにいる。萌える、とても萌える女の子が、女房のお腹の中に。
抱きしめたい。抱きしめたい。抱きしめたい! 今すぐ抱きしめたい! お腹から彼女を取り出して、いますぐ抱きしめたい。
俺は包丁を買ってきたことを思い出した。鞄から包丁の入った箱を取り出し、包装を解く。先に部屋に入ってしまった女房は、なにも気づいていない。
俺は包丁片手に、女房へと近づいた。