マルぼんと暮らす 地獄極楽ププッピドゥーの巻


 ある日のこと。微笑町に住む斉藤某という女子高生が、1人で下校中、誰かにつけられていることに気がつきました。このご時世、「やばい」と感じた斉藤は、とっさに走り出しました。斉藤は学校では陸上部に所属し、その速さには定評があったのです。生半可な変質者が追いつけるはずはありません。ないはずなのですが、変質者はものすごいスピードで斉藤を追いかけてきました。斉藤の腕を掴む変質者。「あーれー」と斉藤が悲鳴をあげると、


変質者「申し訳ない。別に卑猥なことをするつもりはないんです。実はあなたに、ひとつだけお願いがあるんです」


斉藤「私に、お願い……?」


変質者「一人称を『ボク』に変えて欲しいんです。陸上部のエースで、男子よりも女子(下級生)にもてるボーイッシュなあなたの一人称は『ボク』しかないのです。さぁ、自分のことを『ボク』と言って!」


斉藤「変態! 変態!」


変質者「変態じゃございません! 変態じゃございませんー!」


「この世に生を受けて幾年、変態と言われたのは初めてです」とか言いながら、斉藤に迫る変質者。「さよなら子供だった私」と斉藤が覚悟を決めたとき、変質者の後ろに見たことのない怪生物が現れました。怪生物は「やめんかヒロシ」と叫ぶと、変質者をぶんなぐりました。銀色の液体を口から吐きながら、ふっとび、近くの家の塀にぶつかる変質者。「きゅう」とつぶやくと、そのまま動かなくなりました。


怪生物「ごめんなさい。根は悪い子じゃないんです。ただ、ちょっと頭がファンタジーなだけで」


 斉藤に謝ると、動かない変質者を引きずって去っていく怪生物。後に残された斉藤は、あっけにとられ、だらしなく口をあけてポカンとしていました。


 変質者を家に連れ帰った怪生物は、すごい剣幕で怒り始めました。「大沼家の面汚しめ!」。


変質者「僕は、ありとあらゆる生命体に、最も適した一人称を使ってもらいたいだけだよ!」


「適材適所適一人称運動」の指導者であるこの変質者は過去にも、剣術を学んでいる女性に「一人称を『拙者』か『それがし』にしろよ」と何度も電話をかけたり、帰国子女の女性の家のまわりに「一人称を『ミー』にするべき」と書かれた怪文書をまいたりと、今回と似たようなことをしでかしていたのです。


怪生物「それじゃあキミは、自分自身に一番適した一人称はなんだと思っているの?」


変質者「そりゃ、いつも使っている『僕』……いや、待てよ。もっと僕に適した一人称があるかもしれない。俺、私、あっし、それがし、やつがれ、小生、ぽっくん……ううむ、ううむ。わからない! 自分にもっとも適した一人称がわーかーらーなーい!」


怪生物「今は悩むがいい、少年。いつかその悩みが、きみをひとまわりもふたまわりも大きい人間に変えるであろうよ」


変質者「よし、決めた。一人称は『朕』にする!」


怪生物「あーダメだ。すでに『朕』という一人称の登場人物がいるよ」


『朕』という一人称は、金歯専用の一人称。大自然の掟で、金歯以外の人物が使えないと決まっているのです。この世界では。


変質者「関係あるか、『朕』という一人称を使うぞう!   は世界一かっこいい! あれ?」


 さすが大自然の掟。変質者が自分を『朕』と呼ぼうとしても、なぜか『朕』の部分だけ声がでません。


変質者「  は世界一カッコイイ!  は国家なり! 畜生、どうしても自分のことを『朕』と呼べないー!」


怪生物「なんだか不憫になってきたな。これを使えばいいよ。『一人称変更届出書』。この書類に希望する一人称を書いて市役所に提出すれば、どんな摂理も捻じ曲げてその一人称を使えるようになる」


変質者「わーい、さっそく市役所に提出だーい」


 喜び勇んで、部屋をとび出す変質者。勢いがありすぎて、そのまま階段から落ちました。


変質者「ぎゃー」


怪生物「大丈夫か、おい」


変質者「う〜ん」


怪生物「ふう。今回は死ななかったようだねえ」


変質者「うん? ここは、ここはヒロシの家でおじゃるな。朕はいつの間に、こんなところに?」


怪生物「おや? もう『朕』という一人称が使えるようになっているね。語尾も金歯みたくなっているけど」


変質者「みたく、じゃなくて朕は金歯でおじゃる」


怪生物「……」


 金歯が家督争いの末、家臣に刺殺されたという連絡があったのは数時間後のこと。その頃には変質者の一人称も口調も元に戻っていました。


 そして


記者「すると、階段から落ちたことがきっかけで、その能力に目覚めたと」


変質者「そうですね」


 あれから数十年。あの変質者もいまでは立派なイタコさんです。完。