ご恩と奉公のお話 第1話
このお話の主人公は、権田哲郎という男子高校生です。どこにでもいる普通の男子高校生です。このお話は、そんなどこにでもいるような(それこそ、うざいほどいるような)男子高校生・権田哲郎が朝起きるところから始まります。始まってしまいます。ふん! 勝手にはじまってしまえばいいじゃないの!
「うーん、ムニャムニャ。黒百合さん、そんな大胆な。ああ」
クラスメイトで、男子生徒から「マドンナ」「生き仏」と呼ばれている黒百合さんの名前を艶かしく、それでいて激しく、それでいて甘く呟きながら、枕に抱きついている権田哲郎。その姿はおぞましく、非常におぞましく、とてもおぞましく、なんかもうどうでもよくなるほどです。死んだらええねん。
死んだらええねんと思っているそんなとき、権田哲郎の部屋に入ってくる人がいました。肩まで伸びた黒髪と、大きな目が特徴の、セーラー服姿の女の子です。セーラー服の上からは、クマの顔の刺繍がしてあるエプロンをつけています。
「お兄ちゃん、起きてー? 朝ごはん、できてるよー」
少女は、ベッドの上で、枕を妻にして寝ている権田哲郎を両手で揺らし始めました。権田哲郎を起こそうとしているのは、彼の妹(当たり前の話ですが、義理です。義理)である権田美耶子さんです。ちなみに、現在の権田一家は、権田哲郎と美耶子さんの2人暮らしです。両親は仕事の都合で家を空けがちで(中略)結局、美耶子さんが家事の一切を引き受けているのでありました。美耶子さんの家事は、朝ごはん&昼食用のお弁当を作りつつ、ダメな本当にダメな権田哲郎を起こすところからはじまるのです。
「起きないと遅刻するよー」「今日は朝イチで小テストだよー」
美耶子さんがどんなに揺らして呼びかけても、権田哲郎は起きません。「く、くろゆりさ…あふっ」とか呟きつつ、枕を抱きしめています。
「仕方ない、最後の手段…」
そう呟くと、美耶子さんは権田哲郎の部屋からでていきました。しばらくして戻ってくると、手にはフライパンが。
美耶子さんは、寝ている権田哲郎の前にたち、「せえの」とフライパンを振り上げました。
「ま、待てー! 貴様は兄を殺す気かー!」
ものすごい勢いで起きる権田哲郎。そんな権田哲郎を見て、美耶子さんは微笑みます。
「はやくごはんを食べちゃってよ。お弁当もできているし」
「あ、弁当なんだけど」
「なに?」
「今日からいらねえ」
「え、なんで」
弁当がいらない理由が気にかかるところですが、ここで悲しいお知らせです。このお話の「このお話の主人公は、権田哲郎という男子高校生です。どこにでもいる普通の男子高校生です」から先の部分は、全て嘘です、美耶子さんなんて妹は権田哲郎にはいませんし、権田哲郎の両親も権田哲郎と同居しています。美耶子さんがこれからでてくる予定もありませんし、この間父親がリストラにあったので「両親は仕事で家を空けることが多い」ということもありません。「主人公は権田哲郎という男」ということだけを伝えたかっただけなのですが、ただ単に伝えるだけではおもしろくないので、嘘を書きました。申し訳ありません。さっき、親にも「はじさらし!」と罵られたので、二度とこんなことがないように気をつけます。
そんなわけで、2話目からは権田哲郎の物語が始まる予定です。