カネカネキンコ 愛の劇場 第10話


前回


「まぁ、冷たいものでもどうぞ」


「あ、これはどうも」


 ヒコマツさんの出してくれた冷たい麦茶を、一気に飲み干す俺。俺は今、ヒコマツさんの家の応接間に来ていた。


 同人誌即売会会場である市民会館の前で出会ったセーラー服姿のヒコマツさんは、俺を見るなり「ロリコン化波動について、色々わかったことがあるんですよ。よければ、色々話しませんか」と、俺を家に招いた。ヒコマツさんの家は、市民会館から歩いて15分ほどのところにあった。


「近場の小学校の通学路は、天使の巣食うパラダイス」という発言があった際、俺はヒコマツさんに「ロリコン化波動(仮名)」の存在と、それを井村さんが周囲に放っていること。俺を含めてその犠牲者がでていることなど、すべてを包み隠さずに話した。


「私、これから心療内科に行くつもりなんですが、よければご一緒に」と、はじめは半信半疑だったヒコマツさんも、井村さんを引き取って以来、親戚の娘さんにあげる小遣いの額が数十倍に膨れ上がっていることに気がつき、「ロリコン化波動」の存在を確信した。


 確信した途端、「私もただではロリコンになるつもりはない。一緒に解決方法を探しましょう」と協力的になるヒコマツさん。仲間が増えた俺はうれしくて仕方なくなったのだが、ヒコマツさんが連絡をぜんぜん連絡してこないことと、井村さんから離れたことでロリコンが直ってきたことが理由で、いつしかどうでもよくなってしまっていた。


「で、さっそく本題なんですが」


「あ、その前に聞きたいことが」


「なんです」


「なぜ、セーラー服姿?」


 ヒコマツさんは、出会ったころから来ているセーラー服姿を止めていない。ちなみに、家に案内してくれるときもセーラー服姿のままだったので、すれ違う人にいやな反応をされまくった。わが子の目をそらさせる母親から、「人間の業の恐ろしさよ」と念仏を唱えてくる托鉢僧まで、多種多様な人に多種多様な反応をされた。


「コスプレです」


「コスプレ、ですか。井村さ…お父さんも?」


 応接間のソファーに座り、寝息をたてている井村さんもセーラー服姿だ。


「コスプレをしていればね、いい歳をした大人や老人があのイベントに参加していても、違和感がないと思って」


「あの同人誌即売会に、参加していたんですか。井村さんを連れて。いったいなぜ」


「『ロリコン化波動』の効果ねえ、あなたも気づいているかもしれませんけど、父と距離を置いたら、効果が薄れていくんですよね。自然に治っていく」


 ヒコマツさんは、俺の問いかけを無視して、強引に自分の話を始めた。


「直るとわかったら、すごい安心してしまいましてね。そしたら、あなたに聞いた、ほら、例の親子の話を思い出して」


 親子の話とは、『ロリコン化波動』の力で愛が甦った、あの公園の親子の話のことだ。


「『ロリコン化波動』をなにかに利用できないかと考えたんです。人類のために…いや、ちょっと大げさかな。町内のためになるような、偉大なことにね」


「それがなんで同人誌の即売会に」


同人誌即売会には、オタクさんがたくさん集まるでしょう」


「そうでしょうね」


同人即売会に、『ロリコン化波動』を持つ父を放り込めば、会場にごった返すオタクさんたちをロリコンにすることができます」


 ヒコマツさんは、にやりと笑った。


「私はね、この街からオタクを消し去ってやろうと思っているんですよ!」