カネカネキンコ 愛の劇場 第9話


前回


 ごきげんよう、皆さま。俺です。俺、俺。


 いきなりだが、さきほど同僚に「なんつーか、お前、最近明るくなったよなー」と言われた。


 俺が明るくなっているのも無理はない。井村さんを引き取っていたヒコマツさんから「通学路はプリティーエンジェルたちの通り道だったんだよ!」「な、なんだってー!?」という発言が飛び出してから、2週間。井村さんから離れて「ロリコン化波動」をその身に浴びなくなったことがよかったのか、俺のロリコン癖はみるみるうちに影を潜めていったのである。どうやら、「ロリコン化波動」の効果は、日ごとに薄れていくようだ。


 電車内で騒ぐ女の子を見ても「活発でかわいい! 結婚してくんろ!」という感想ではなく、「うぜー親の顔を見てー」という感想がでてくるこの幸せ。最近、なぜかイライラしているようだった女房も、こころなしか機嫌が直っている様子だ。


 井村さんと、おそらくはロリコン化が進んでいるであろうヒコマツさんが気にならないえば、嘘になる。だが、俺は井村さんや「ロリコン化波動」や「いつか小学生と結婚」なんてことは、一切考えないようにすることにした。俺は普通の人生に戻る。普通の人間の、まっとうな人生に。


 それともなにか。ロリコン化は時間では直らないのか。現在、俺のロリコン化が止まっているのは、さらなるロリコン化へのプロローグに過ぎないのか。嵐の前の静けさに過ぎないのか。


「おい、聞いたか。倉井がたいへんだぞ」


 倉井。彼が「ロリコン化波動」にヤられて、心の均衡を崩して休職してからずいぶんと時間がたつ。


「倉井のやつ、すれ違った女子小学生に抱きついて、逮捕されたんだってさ!」


「な、なんだって」


「なんかのイベントに参加した帰りの凶行だったそうだ」


 倉井が、未成年を対象にした性犯罪を…。なぜだ。なぜだなぜだ。倉井が井村さんから離れてずいぶんとたつ。「ロリコン化波動」の影響は、とうに抜けているはずだ。倉井は、幼い少女を性の対象としない、まっとうな人間になっているはずだ。


「そ、そのイベントの会場ってどこ!?」


「倉井の家の近くの、市民会館らしいけど」


「行ってくる!」


 すこしでも情報がほしかった。もし俺のロリコン化が再発するなら、それを止めたい。倉井の参加していたイベントになんらかの手がかりがあるかもしれない。俺は仕事を早退し、倉井宅近くの市民会館へ向かった。


『義理の妹ネタオンリー同人誌即売会


 市民会館の入り口には、そう書かれた立て看板が置かれていた。


「同人誌、だと」


 俺は倉井の携帯ストラップが、アニメの女性キャラクターのものだったことを思い出した。そういえばあいつ、オタクだった。


「こんにちは」


 後ろから、声をかけられた。声の主は、セーラー服姿の女性…ではなく、セーラー服姿のヒコマツさんだった。コスプレ、なのだろうか。ヒコマツさんは当たり前のように、自然の摂理のように、セーラー服を着こなしていた。


 ヒコマツさんは、車椅子を押していた。その車椅子には、ヒコマツさんと同じセーラー服を着ている人が座っている。


「井村さん!?」


 セーラー服姿がまるで似合わない井村さんは、車椅子の上で眠っていた。スヤスヤと寝息をたてて。