カネカネキンコ 愛の劇場 第4話


前回


 己の異変に最初に気がついたのは、井村さんを担当するようになって一週間後のことだった。
同僚と飯を食っているとき、近くの席に座っている制服姿の女子高生が異様なくらい俺好みだった。


「あの娘、いいな」


「そうか。普通だと思うんだけど…おまえの好み、あんな感じだったっけ」


 次は、それから三日後。通勤途中、制服姿の女の子を見かけ、しばし見とれた。後日、その制服は高校のものではなく、中学校のものであることを知った。


 そして、さらに数週間後。道を歩いている時、俺は自分がいつのまにか歩みを止めてしまっていることに気がついた。原因はすぐにわかった。
視線が、意識が、目の前から歩いてくるランドセルを背負った女の子から離せなくなっていたからだ。

 
 俺は走り出した。走りながら、言い訳をした。

 
 ちがうんですちがうんです。私は別に、小さい女の子に色気を感じるような性癖はないのです。私の好みの女性は、ごく普通の女性なんです。その証拠に、女房だってごく普通の女性です。ごく普通にコンパで知り合い、ごく普通に付き合い始め、ごく普通に男女の関係になり、ごく普通に結婚したんです。言い訳に聞こえるかもしれないけど、本当なんです。さっき女の子に見とれたのは、なにかの間違いなのです。


 聞かせる相手のいない言い訳。何度言い訳しても、俺が小さな女の子を見ると胸がときめいてしまう人間になってしまったのは事実。まぎれもない事実。畜生畜生。残酷だ。いつだって、事実は残酷だ。事実は理不尽だ。


 残酷な事実に押しつぶされる前に、俺は家へと辿り着いた。玄関のドアが開いた。女房がドアノブを握ったまま、にこにこと笑いながら俺を見ていた。


「おかえりなさい」


「…ただいま」


 女房の顔を見た瞬間、俺の心の中でなにかがはじけた。


「あの、帰ってきていきなりで悪いんだけどね、今日ね


「針!」


「はり?」

 
 なにか話そうとしていたことを忘れて、きょとんとしている女房。


「裁縫用の針があったろ! だしてくれ!」


「なにに使うの?」


「用途はいえないが、携帯する!」


「はぁ?」


 針は、女の子に抱きつきたい衝動に駆られた時、自制のために己の手を刺すのに使う予定だ。
俺は事実と戦う決意をしていた。


 敷田さん、倉井に続いて、俺までもが立て続けにロリコンになってしまうという展開は、あきらかにおかしい。おそらく、なにか謎があるはず。その謎を解き明かすことで、ロリコン化を食い止めることができるはずだ。食い止めることができなくても、解決の糸口を見つけることはできるはずだ。


 愛する人がいるってのに、黙ってロリコンになってたまるか。たまるものか。
女房のためにも謎を解き明かす。 解き明かすまでには、俺は堕ちてはいけない。堕ちてはいけない。
堕ちないように、戦わなくてはいけない。事実と、己自身と。針は、そのための武器なのだ。


 隣の家から、女の子の笑い声がした。家族で団欒しているのだろう。俺は、笑い声で自分の胸がときめいているのを自覚していた。女房から受け取った針で、さっそく手の甲を刺す(当然、女房には見えないように)。苦痛がときめきを打ち消していく。

 
 財布・携帯電話・針。これからの、俺のお出かけ必須アイテムだ。針付き携帯電話とかでないだろうか。


「堕ちてたまるか」


 そう呟いた俺の脳裏には、ある人物の顔が浮かんでいた。ロリコン化してしまった敷田さん・倉井・俺の3人全員と共通するその人物は……井村さんである。