カネカネキンコ 愛の劇場 第2話


前回


 倉井からの電話を切ったあとも、俺ってば茫然自失。それくらい、敷田さんの逮捕は衝撃だった。


 敷田さん。敷田さん。敷田のぼるさん。俺の職場の先輩の敷田のぼるさん。見知らぬ女子小学生に抱きついて逮捕された敷田さん。警察の取調べで「かわいいなぁ、と思って抱きついた」と供述している敷田さん。


 敷田さんは、職場では真面目で有名な人だ。その律儀さから、入居者と入居者家族からの信頼もあつかったのに。俺も心底慕っていたのに。何ゆえ、何ゆえ女子小学生に抱きつくなどという愚行を犯したのだろうか。


 疲れていたのだろうか。そういえばこの前、うつろな目をして「ハワイに行こうと思うんだ」とか言って淡路島のガイドブックを読んでいたっけ。珍しく仕事でミスをして怒られたとき、所持していた小太刀で割腹自殺を図ろうとして止められていたっけ。なんか鳥に「おまえはいいよな、自由に空を飛べて」とか話しかけていたっけ。


 やはり疲れだ。疲れ以外の理由は考えられない。疲れは敵だ。敵なのだ。


「敷田さんって、そんな人だったんだー。逮捕されてよかったじゃない」


 敷田さんとの面識もあるはずの女房が、わりと酷いことを言った。俺は社会の被害者である敷田さんの傷口に塩(赤穂産)を塗るような女房の発言に、軽くむっとした。


「敷田さんは可哀想な人なんだよ。そんなこと言うもんじゃないよ。散々世話になったのを忘れたのか? ほら、俺らの結婚式の時、自作の歌を披露してくれたりしただろ」


「可哀想な人でも見知らぬ女子小学生に抱きついた人は、見知らぬ女子小学生に抱きついた人。真面目な人でも見知らぬ女子小学生に抱きついた人は、見知らぬ女子小学生に抱きついた人! 結婚式の時にステキな自作の歌を披露してくれた人でも見知らぬ女子小学生に抱きついた人は、見知らぬ女子小学生に抱きついた人! 不審者なの! 犯罪者なの!」


「そりゃそうだね」


 カルト宗教の人ナマツバものの素直さが仇となり、俺は女房の意見にあっさり左右されてしまったのでした。かわいいなぁ、俺。


「あ、そうだ。敷田さんの担当はどうなるんだろう」


 おそらくは仕事に復帰できないであろう敷田さんの「担当」はどうなるのだろうか。


 言い忘れていたが、俺の職業は老人ホーム「ことぶき園」の職員である。「ことぶき園」に入居した人には、職員が1人、「担当」につく。「担当」についた職員が中心となって、その入居者の食事管理・健康管理などの面倒をみるのだ。1人の職員が数名の「担当」を持つことが当たり前だったりする。


 俺も今は、5人の「担当」を持っている。敷田さんも5人。まさか、5人全員をみることにはならないだろうが…