「未来アタッカー哲郎」改め「追憶」 第4話

前回


「忍者…俺に仕える忍者…だって?」


 信じられない様子の権田哲郎ですが、げんにそこでノびている男は、味噌汁のお椀に生まれたままの姿で潜んだり、語尾に「ござる」とかつけていたり、「だいだい伝わる忍者食でござる」と怪しい丸薬を通りすがりの女の子に飲ませようとしていたりと、忍者としか思えません。21世紀の日本に忍者とはうさんくせえ話ですが、元来、つらい現実よりもアニメ絵の女の子がたくさんいる妄想に真理を求める権田哲郎ですから、あっさりと事実として受け入れました。


「忍者というのはわかったけど、なぜ、俺のところへ?」


「それには深いわけがある。こいつを読んでみなさい」


 権田哲郎の質問に、おとうさんは一冊の古臭い本で返事をしました。


「この本は?」


「我が権田家にまつわる逸話を、おもしろおかしくまとめた秘伝の本だ。その本に全ての理由が書かれている。古い話も、バカでもわかるように訳してあるから読んでみなさい」


 権田哲郎は、渡された本を開きました。表紙をめくる手が、微妙に震えています。以下、本の内容。


 あれは今から十数年前。私はまだ、小学校低学年。そう、3年生くらいだったと思います。その頃の私は、学校へ行くのが嫌で嫌で仕方がありませんでした。別に、いじめにあったとかそういう理由じゃないんです。クラスメイトはみんな気のいいヤツだったし、担任の教師も普段は気さくでおちゃらけているけど、怒らなければいけないときはきちんと怒る理想の教師でした。


 なぜ学校へ行くのが嫌だったのかというと、なんとなくなじめなかったから。楽しそうな毎日を送るまわりの連中の空気に、なじめなかったからなんです。まったくもって理不尽な理由。まったくもってはた迷惑な理由。わかっちゃいるけど、行きたくない。行きたくないけど、行かなきゃならぬ。登校拒否なんてやったら、親が悲しむ。悲しんだ親が、大学病院とかに私を連れて行って、脳の検査とか受けさせる。だから我慢して、私は毎日毎日、学校へ行っていたのです。


 そんなある日、私の隣の席に、見慣れない女の子が座っていました。私は、彼女の姿に目を奪われました。透き通るような白い肌。肌とは反対に、黒くて美しい長い髪の毛。そして


「なんだこりゃ?」


「そのページじゃない、もっと後ろのほうのページだ」

おわび
前回「私の初恋を交えて」とか書きましたが、無理でした。すいません。私はだめにんげんです。


以下、私の初恋とか関係のない、なんで忍者が権田哲郎の下へくることになったかを説明するつまらない話。


 権田家の先祖に茂平という人がいました。彼は権田一族が「権田」という苗字を持っていない頃……今では「戦国時代」と呼ばれている頃の人物です。


 茂平は農民で、毎日毎日畑を耕して暮らしていたのですが、ある日、山道を歩いているときに猟師が仕掛けた罠にかかっているバカなくの一を助けました。罠を外してやっただけでなく、傷口に薬草まで塗ってあげた茂平。茂平がその場から去ろうとすると、くの一が後をついてきました。


「なに?」


「忍者は、借りはすぐに返さなければいけない生き物なのよ」


「ようするに、さっきの礼がしたいと?」


「勘違いしないでよ! 別にあんたに対して恩義とか好意とか感じてないんだからね! ただ、借りを返したいだけ。それ以外のなにものでもないんだから!」


 こうして茂平はくの一に恩返しを受けることになり、その結果、数年後には名字帯刀が許される地位にまでの立身出世を果たし「権田」を名乗るようになったのです。


 くの一は諸事情で故郷に帰らねばならなくなったのですが、去り際「まだ借りは返せていないわ。このままじゃプライドが許さないから、いつか必ず、あたしの子供をあんたの子供のところに送って、続きをやらせるわ」と言いました。数年後、本当にくの一の子供と名乗る忍者がやってきて、茂平の息子に数年間の間仕えました。くの一の息子が故郷に帰った数年後には、くの一の孫と名乗る男が茂平の孫に仕え、さらにさらに数年後には、くの一のひ孫が茂平のひ孫に仕えました。こんなカンジで、権田家の人間は代々「くの一の子孫に、恩返しがてら、数年間の間奉公される」という運命を背負うことになったのです。


「かくいうママもねえ、件のくの一の子孫に奉公されたのよお、大学の頃。そのおかげで、勉強もせずにお医者さんの免許をいただけたのよ」


「だからウチの病院には、客がいねえんだな。だからウチの病院はたくさんの裁判を抱えているんだな」


 おとうさんは婿養子で、おかあさんは開業医という設定はただいま追加いたしました。ご了承ください。


「ということは、この裸体忍者は俺に仕える忍者?」


「そう。梨野ツブテという名前で、今日の朝、やってきたんだよ」


「そのツブテさんだけどさ」


「なんだい」


「なあに、哲ちゃん」


「息してない」


「ええええ?!」


 お椀からとび出した時に、頭部をしこたま打ち付けたツブテさんの無残な最期でした。こうして権田哲郎のお父さんの手は、血塗られたのでした。